技術レビュー

半導体不足のせいでニューモデルを作った話

MD LC100

 突然ですが前に制作したレンズコントローラー、MD-LC100のニューモデルが完成しました!左が新モデル、右が旧モデルとなります。えっ!? どっちも何も変わっていないって?そうです、変わったのは筐体の中身です。ちょこっとだけ機能がバージョンアップしています。

 ちっとも手に入らない半導体

 ニューモデルを作った理由は皆さんニュースなどでよく知る半導体不足のせいです。コロナが流行り出して半導体製造工場が停止、サプライチェーンもグダグダとなり必要な部品が揃えられなくなりました。もともとこの機器はたいした技術を使ってるわけではないので一般的なよく手に入りそうなパーツで構成したつもりだったのですがこんなものまで無いの?ってくらい部品が手に入らなくなりました。コロナ初めでは買い占めが起こってよく使う価格帯のコンデンサーや抵抗などがなくなりオートモーティブグレードという車載で使う高級品(すごい高い!)しか残ってなかった時期もありました。これが大量生産品であれば優先的にパーツを流してくれることもあるでしょうが家内制手工業的に作る製品にとっては致命的です。

JST Connector
半導体じゃありませんがこんなコネクターもありません。
材料の樹脂が無いんだって、、

 一番ヤバいのは製品の心臓部であるマイコン(MCU)です。これで全体の制御を行うのですがこの記事を書いている半年前から納期が52週のまんま。作ってないんじゃないかという感じもしますが製品のライフサイクルを考えるとそのまんま生産終了しそうな勢いです。誰ですかね?2021年後半には半導体不足が解消するといった人。

 ブツがないからどうしようもない?

 せっかく作ったのに持続化出来ないのは困ったもの。家電やAV機器メーカーでも新製品の発表はしたが弾数用意できないので売り上げが上がらないとヤキモキしているはずです。ゲーム機とかカメラとかそんな感じですね。どうしたらいいかいくつかの選択肢が考えられます。


 ・あきらめる。やめてしまう。
 ・部品が調達できるその時まで生産を中止する
 ・利幅が少なくなっても価格を現状維持で生産する。
 ・部品調達維持のために最終価格が高くなってもいいから作る。
 ・調達できる部品を使って製品の再設計する。

 あきらめる、やめてしまうは残念なことですが部品調達の目処が全く立たず、苦労して調達して生産できたとしても今後そんなに売れる見込みも無さそうな旧式製品だった場合は考えられる選択肢です。
部品が手に入るまで生産を中止するのは一見安全牌なように感じられますが納期が全く見えない場合に企業としてはその期間全くビジネスが成り立たないことになります。他の業務で売上をカバーできればいいのですがその皺寄せを作ってしまうのも解消するのにも運営コストがかかってしまいます。
高値掴みでもなんとか部品調達して製品を作るも最終価格に転嫁できず泣く泣く利幅が薄くても売らなければならない場合があります。ユーザーとの長期契約に縛られていたりとかライバル企業がこのご時世でも戦略的な価格を提示してきたりとかそんな理由です。しかし現状の半導体価格はコロナ以前の比どころではありませんよ! なんとかお願いして「値上げします」に持っていかないとビジネスの持続性が疑われます。実際は家電を初めとして電気製品の値上げというトレンドですが半導体不足が解消された時の対処を考えておかないと誠意がないととられるかもしれません。
 最後の項目が新しくパーツを集めて新製品を作ってしまうということになります。仕様や規格の縛りとか会社内の都合などで難しいケースもあるかと思いますがこのコントローラー製品の場合は一人で全て賄っているのでどうにでもなります。マイコンを別メーカーに変えて再設計することにしました。

再設計するのはいろいろと大変

 製品自体大したことないと言っても従来とあまり大きく変更をしたくないのが本望です。変更するチップも同じ大きさだったり同じピン数であるほうが基板の再設計もラクになります。とはいえ全くの別物ではあるのでマイコン周りの配線は全くのやり直しになります。コンデンサーや水晶振動子、抵抗なども変わってきます。いろいろ考えて仕様にハマるマイコンを調達。以前のものと比べてかなり高級品にはなりますがもともとマイコンチップは安いのでそんなに金額差はありませんでした。ブレッドボードという仮の回路設計で使う器具で配線をしていきます。

あー動いた動いた、、ほっ

 むしろ大変なのはマイコンに書き込むソフトウェアです。(OSを使っているわけではないのでファームウェアという言い方をしたりします。)以前と同じ言語、C/C++が使えるといってもマイコンのアーキテクチャ(構造や仕様)は全く異なります。別な言い方で言うと「お作法が違う」ということです。プログラムのメイン部分にはそんなに変更は無いのですが、これとは別に使うマイコンチップのお作法に沿って合わせる作業が必要になります。お作法は知らなければどうしようもないのでチップメーカーの仕様書やネットに転がっている情報から仕入れることになります。これは先のハードウェア部分も同じです。もし無茶ブリ上司がいて「プログラム変更なんて同じ言語なんだからチョイチョイだろ?」と言ってきたら「お作法が違います」と言ってあげてください。

プロトタイプ製造と部品調達

 回路設計とソフトウェアができれば次はプロトタイプを実際に作ります。作るといってもプリント基板は海外の工場に依頼しています。ガーバーデータと呼ばれる回路設計データを送ればその通り作ってくれます。最近はAIによる回路チェックもやってくれますし半導体不足とは関係があまりないので基板自体はすぐに製造可能です。また使う部品は表面実装という米粒みたいな大きさのものを多用していて自分では取り付けられないため基板製作と一緒にやってもらっています。なんなら部品調達もお願いしています。(日本で部品買って送るよりかなり激安なので)

マイコンは結局国内で購入。コピー品でなく正規品ですよ。

 海外の工場から部品見積もりを取ってみると、アレっ!? っていうほど高い。もともと半導体は時価なのですが特に新たに選定したマイコンが平時の10倍以上、、、入手が難しいとしてもこれに数千円のコストはかけられません。他のICチップも同様でこれなら国内で手に入れたほうが断然安いという逆転現象が起きています。さらに輸送料金の値上げ、支払いがドル建てなので円安基調では換算するとうぉっ!という印象になります。また全体のコストが上がれば輸入関税も合わせて高くなります。こちらの工数は増えますがこの部品は国内で用意して取り付けるとか、再設計して部品の点数を削減することで多少のコストアップにとどめることができました。

プリント基板作成費用 変わらない
半導体の値段 高くなった
輸送費用 高くなってた
円安の影響 為替変動分高くなった
輸入関税 コスト上昇分上がった
消費税 全体のコストにつられて上がった

コストアップしないわけがない、、

半導体不足の中で実際にブツを作ってみての感想

  今回制作したのはCIS社の4Kカメラ DCC/VCC-4KNDI、DCC/VCC-4KZM用のレンズコントローラーです。基本同じ動きをするのですが再設計により以下の変更があります。
 ・フォーカス調整の分解能がアップ 10bit→12bit
 ・低消費電力化
 ・デュアル電源対応(本採用するかどうか未定)
 カメラに搭載されているレンズの分解能が12bit(4096ステップ)にちょっと足らないくらいなのですがコントローラー側が12bit A/Dに対応したので再マッピングしてフルスケールで調整できるようになりました。ズーム側の細かい調整ができるようになっています。またこれまで動作確認用に仕込んでいたLEDインジケータをやめたりマイコンを変更したのでその分だいぶ消費電力が抑えられています。DCC/VCC-4KZMには電源出力があるのでそこからも取れるようにしていますが最終的に採用するかは未定です。それでも前モデルからは機能がアップしていることになります。
 半導体不足の中で調達とコストアップへの対処は多少の苦労はありましたがそれでも良かったと思える感じになりました。まだまだ先の見えない状況ではありますが(某メーカーのスパルタンなFPGAなんかいつ手に入るかわかりませんしね)対応の仕方はいろいろあると思います。ニューモデルです+半導体不足です+円安ですという理由なら価格が上がるのも致し方ないとエンドユーザーにもわかっていただけるかもしれません。現在のハードウェアはソフトウェアで制御しているのでそこを改良するのも手でしょうし(この機器ならソフト部分書き換えてVISCA対応にして他のカメラにも使えるようにするとか)円安を逆手に取って海外へ販売することも手段としてあり得ます。
 世界情勢の変化がビジネスに影響を及ぼすことは間違いないのでうまいこと対処して新製品として出したほうが得策かもしれませんね。