展示会

NABShow 2025 雑感

 2025年4月5日から9日までLVCC(ラスベガスコンベンションセンター)でNABShow 2025が開催されました。(展示会は6日〜9日)今回も雑感としてM-Designの視点として書いていきます。NABは全米放送事業者協会の名のとおり世代放送規格であるATSC 3.0への移行や全ての乗り物にAMラジオを搭載させる法案提出、放送局エリア制限撤廃要望などアメリカ国内向けの話題が主ではあるのですが新しい制作技術、製品の展示は世界一の規模であるため海外からの来場者も多い展示会となります。昨年に引き続き生成AI、クラウド仮想化、ストリーミング、クリエイターエコノミーなどが話題の中心となっています。去年と比べてどう変わったのかトレンドを追っていきます。いつものように雑感と言いつつ量が多いのでインデックスを用意しました。

 

 今年のNABShowはノース、サウス、ウエストの各ホールで行われました。展示会場は長らく改装中で今年はセントラルホールが使えなくなっています。日本メーカーは長らくセントラルホールでの展示が多いのですが今年はノースに集中しています。サウスホールは2階建てなのですが展示は1階のみで行われました。ホールごとの展示カテゴライズはノースとサウスが制作機器関連が重でウエストにはOTTやクラウド、コンテンツ収益化などの新し目のテーマが集まっています。

数字で見るNABShow 2025
  全登録参加者   55,000人(去年:61,000人)
  海外からの参加者 14,300人(去年:16,470人)
  参加国数      160カ国(去年:163カ国)
  展示社数      1100社くらい(去年:1300社くらい)

 ん?またちょっと減ってるんでしょうか?去年比で1割ほどダウンです。参加者の26%は海外からですがこれは従来から大きくは変わってません。初めての参加者は53%に昇るとのことですがこれは去年のレビューでも指摘した何年か空いて参加した人も初来場とカウントするということなので本当に来場者の半数以上が初参加とすれば業界でものすごい世代交代があったとかプレーヤーが大きく変わったということを意味します。

 米国内では次世代地上波テレビの規格であるATSC 3.0規格(一般的にはNEXTGenTVというブランディング名)への移行が進んでいます。高解像度高フレームレート、HDR、イマーシブオーディオやインターネット回線との組み合わせでインタラクティブなコンテンツ配信、CMのターゲティング広告などが可能となる規格です。

 現状では国土の76%ほどの地域で利用可能となっていますがここのところその広がりが足踏み状態です。消費者にNEXTGenTVの良さが十分伝わっていないことも要因ですが放送局側も解決すべき問題が残っています。
 放送局に対しては監督官庁であるFCC(米国連邦通信委員会)からの規制がかかっているのですがそれが緩和の方向に向いており業界団体であるNABはその緩和スピードを加速させるよう主張や提言を行っています。特に重要なのは放送所有権規則というものがあり、企業がエリアごとに持てる放送局の数が決められています。これは寡占を防いでローカル情報の発信を担保する意味合いがあるのですがある程度の資本力や競争力がないとATSC3.0への投資が難しいケースがあります。また放送事業者からも敵は地域の他局ではなくなんの規制もされていないNetflixやAmazon Primeなどのストリーマーであると明言していて、この規制を緩和しATSC 3.0への移行を進めることで地上波放送の競争力を高めることを期待しています。
 旧来のATSC 1.0での放送と同時送信のためATSC 3.0フルスペクトルでの放送が実現できていません。(ATSC 2.0は企画倒れのため無かったことに、、)1.0の完全停波は2030年に予定されていますが可能なエリアについては先行して2028年2月に停波できるようNABとしてFCCに働きかけを行っています。なかなかアグレッシブです。

 ATSC 3.0での新しいアプリケーション
 次世代地上波テレビ規格の応用でこれから期待される興味深いシステムを紹介します。

I, GPSを補完する放送測位システム(Broadcast Positioning System、BPS)
 放送局の電波塔からは正確なタイミング信号を発信できるのでそれを使ってGPSと同じような測位システムを構築することができます。現状GPSで障害が出た場合の影響は甚大で多くの生活サービスが止まり生命に危険を及ぼすことも考えられます。そのバックアップの位置付けとしてもBPSの運用が期待されているところです。第一次トランプ政権の時に宇宙ベースの測位・航法・タイミング(PNT)に関する大統領令が出されていてBPSはそれに応えるインフラの一つとみなされています。現状はFCCでの検討段階に入っているところです。

II, 緊急放送でアメリカ手話をアバターを使って伝えるシステム
 パブリック・メディア・ベンチャー・グループ(PMVG)とテネシー州クックビルのWCTE(セントラル・テネシーPBS)は、NextGen TVを通じて、アニメーションアバターによるアメリカ手話(ASL)による試験的な警報放送に成功したと発表しています。アメリカにも緊急警告放送のシステムは当然あって(Digital Alert Systems、DAS)それを利用しATSC 3.0のIP伝送に組み込まれた限定受信機能を通じて手話による緊急放送を受け取ることができます。このシステムは別レイヤーで表示というところがミソでASL以外のユーザーの母国語に合わせた手話言語に広げられる可能性があります。システム開発はアメリカと同じATSC 3.0規格を採用している韓国の会社によって開発されています。日本国内でもアバター手話としてNHKが開発しています。

 以前より優先度が高いと思われるこれらのテクノロジーですが市場が予測するほどにはまだ制作現場には浸透していないようです。IPベースのインフラ構築に異議を唱える人はいませんでしょうし、コロナ期に有用と判断された場所を選ばないクラウドワークフローも部分的運用にとどまっています。これにはいくつかの理由があります。

 理由その1 : コストがかかりすぎる→コストに見合った運用や設計になっていない

 理由その2 : IT/ネットワークに対する不安→関連する技術者の不足

 理由その3 : システム導入側のIP/クラウドに対する理解不足→明確になっていない方針や過度の期待

 などが考えられます。
確かに放送局で採用するSMPTE ST2110ベースのシステムでは端末側で10GEベース、スイッチ側で100GEやそれ以上の速度を持つネットワークシステムが必要になります。現状はどう考えても高価になります。もちろん非圧縮データだけではなくJPEG XSのような圧縮データ方式を使いネットワーク負荷を抑える策もありますし、一般企業や教育分野であれば1GEネットワークベースのVizrt NDI®でシステム構築する方法もあります。また最初からシステムを全てIPネットワークにするのではなくこなれたSDIとのハイブリッドネットワークにしておき後から段階的に移行するという手段もあります。
 従来の制作手法に慣れた方がIT技術を取得するのは大変なことと思いますが、その部分を外部のIT専門会社にまるっきり任せてしまうのは少し考えものです。彼らはIT技術の専門家ではありますがビデオの専門家ではないことがほとんどです。そのためユーザーの意にそぐわないシステムが出来上がったり運用してから問題が起こったりすることが往々にしてあります。少しづつでもIT技術/知識を吸収して彼らと十分に対話ができるような体制を作ることが重要です。
 制作システムのIP化やクラウド使用で思ったよりコストがかかったという意見をちらほら聞きます。余計な機材やサービスがあったり想定したワークフローにそぐわないということが多いようです。これは最近巷で言うDX化で出てくる同じ問題で初手がまずいと誰も得しないシステムが出来上がってしまいます。最初の検討段階で現在のワークフローや新システムで期待する機能などの徹底的な洗い出しをせずになんとなくの青写真を描いてしまうとなんとなくのシステムが出来上がるだけです。そうすると運用後に各部署から文句を言われリカバリをするのにさらに余計なタスクや費用が発生、収益より不満だけが大きくなる結果となりがちです。検討段階でしっかりとした言語化や数値化したシステム定義をする必要があります。めんどくさいと思いがちでしょうがその定義によって必要な機材やシステムの選定が行われますのでぼんやりとした定義ではぼんやりとしたシステムを作らざるを得なくなります。システム導入はその後の経営に関わる重大な事項です。特に従来と全く違う趣向のシステム導入には十分気を払う必要があります。

Blackmagic Ethernet Switch 360P
10GE 16ポートを備えたイーサネットスイッチ。従来のビデオオペレーションのような感覚で割り当てができます。小規模なIPネットワークスタジオなら最適かもしれません。

Vizrt (Newtek) NDI®
数百GEネットワークの構築が難しい場合はコストを抑えたNDIでIPシステムを構築することができます。最新のバージョン6.1では10bitの色深度に対応。SMPTE ST2110とブリッジする機器も各社から発売されています。

− 少しだけ宣伝 −
M-Designでは以前よりスタジオのIP化でSDIとのハイブリッド形態やNDI®を使ったシステムを設計・構築してきています。ご興味のある方はぜひご連絡を!

 

 コンテンツ制作現場でも生成AIを使うことが多くなりました。ニュース現場であればインタビュー録音の文字書き起こし、翻訳、要約、必要なトピックスのピックアップ、原稿の校正など、制作現場であればテキストからの自動タイムライン作成、話者の音声分離、アーカイブ映像の自動インデキシングなどかなり広範囲にわたってAIがこなしており作業効率化やコスト削減に役立っていることは知られているところです。その一方で話題となりやすい倫理的な問題となりうる使い方に関しては依然としてさまざまなところで議論されています。
 ロシア大統領プーチンに背格好が似た人に演技させて後でAIでプーチンの顔に挿げ替えて構成したポーランドの映画『PUTIN』はもちろん本人に使用許諾は取ってませんしケンタッキーフライドチキンの勝手CMを作ったクリエイターが生成AIを使用したがその学習ネタが過去の別スタジオが作った実際のCMだったため似たようなショットが出来上がってしまったなど物議を醸した事例があります。


 また倫理的に問題ないと判断できるのならコンテンツ制作に生成AIを積極的に使おうとする動きもあります。映画監督のジェームズ・キャメロンは最近よく見るスタジオジブリ風生成AI画像のようにジェームズ・キャメロン風映像が作られることに関しては気分が悪いが生成AIを使ってコンテンツを制作することに非常に前向きとMetaのCTOとの対談で語っています。そもそもジェームズ・キャメロンは生成AI画像アプリで有名なStable Diffusionを開発する会社の取締役に就任しており、その理由は自分で生成AIの会社を立ち上げるより今実績のある会社に加わった方が手っ取り早いとのことです。
 コンテンツ制作で生成AIの使用がどこまで許される範囲なのかの議論は始まったばかりでその基準もAI使用の実績や評価によって今後も変わっていくものと推察されます。

− NOTE −
 昨年のBlog、NABShow2024雑感でAIを使ったら楽になれるのになぁと思われるものの一つに「ロトスコープのマスク切り抜き作業」というのがありましたが現在では主要編集ソフトウェアにはその機能が搭載されていたりプラグインという形で提供されています。自動でのマスク生成や自然言語での切り抜き指定ができたりと昔の面倒な作業を体験していた身からすると夢のような機能です。たしか数年前にインドあたりのVFXポスプロで手動でのマスク切り抜き作業を行うために人員をかなり増やしたということを聞いたことあるのですがこれからどうなってしまうんでしょうね?

 

 NABでも注目を集めるクリエイターエコノミーですが去年はラボスペース単位で情報発信していたものが今年は堂々とメインステージでの公演というところまで来ました。テニスのウィンブルドン大会ならセンターコートで試合するようなものです。講演者は米フォーブス誌によって2024年トップクリエイターに選ばれたダール・マン氏。自身のダール・マンスタジオを経営し主にYoutubeでオリジナルストーリーコンテンツを発信しています。チャンネル登録者数2480万、再生回数178億以上ととんでもない数ですね。

Dhar Mann Studios Youtube Channel

外部リンクへ

 コンテンツの内容は主に10代向けの学校や家庭を舞台とした道徳的なコンテンツが主で日本で言うなら以前放送されていたNHKの中学生日記をライトにした感じといえばいいのかもしれません。わかりやすさを優先したのかベタな展開が多いと感じます。(※個人の感想です!)
 映像のクオリティは素晴らしく安心して視聴できます。英語字幕もあるのでお子さんの英語・情操教育に活用できるかもしれません。
公演ではどのようにしてスタジオを作り数百万ドルの企業に育て上げたかがスピーチされています。

 クリエイターエコノミー市場規模は2024年の1915億ドルから2030年までに5250億ドルを超えると予想されています。確実に期待できる市場といえますが最近あったことでその計画が不透明になることがありました。一つはアメリカでのTikTok禁止令、Youtube広告収益の減少などです。特にTikTokはかなり混乱を引き起こしたようでクリエイター側からすると自分達が全くコントロールできないメディアに依存しすぎたことに気づき、別のプラットフォームに移行する動きがかなりあったようです。プラットフォームのサービスや規約はクリエイターが交渉してなんとかなるものではないので配信を軸にしながらも別な収益化方法を探る必要があります。クリエイター、インフルエンサー側も戦略を持たないと持続化という面では厳しくなるのかもしれません。現在クリエイターエコノミーでもっとも収益が上がるのが巷で「案件」と呼ばれるスポンサーの商品やサービスを宣伝して報酬を得るというものです。広告シェアやアフィリエイトリンクの割合はかなり減っています。

 なんだかとんでもないことを言っているようですが実際これはアメリカで数年に渡り実現しようとしている法案です。(The AM Radio for Every Vehicle Act)NABが掲げる活動で上のトピックスに出てきた放送局所有規制撤廃に並ぶ強力なロビー活動を展開しています。議会でも共和党、民主党関係なく超党派でこの法案を実現させる動きになっていて上院下院ともに委員会で可決しているようです。
 世界のラジオ放送では各国の電波利用の施策や地形の制限によって異なります。日本ではNHK以外のAM局はFM局に移行となりますしノルウェーのようにFM局を廃止した国もあります。(2031年まで段階的に廃止。AMはとうの昔に無く、現在はDAB+での聴取に移行)
 アメリカはみなさんご存知の通り車での移動が主なのでラジオを聞く機会が非常に高く、ラジオ同様日本ではそれほどの人気でもないポッドキャストも好まれます。あのだだっ広い国土ではAM放送が最適なのでしょう。さらに今年に起こったロサンゼルスの大火事もこの法案の成立に影響を与えています。停電やネットワークのダウン時にはカーラジオが情報入手の唯一の手段となったことは被災者にとってはっきりと実感したことになりました。
 とはいえ最近の車のオーディオシステムにはAMラジオが搭載されていないことが多いのも事実です。特にEVでは電動モーターやインバーターから発生する電磁波との干渉があるようでテスラやアウディ、BMWなどにはAMラジオは付いていません。さらにこの法案は輸入車も対象に含まれるためAMラジオ非搭載の場合はわざわざオプションを付ける必要があります。
 このような動きがあってもラジオ局自体の運営はなかなか厳しいものがあります。先の放送局所有規制撤廃で体力のある放送グループの資本に収まるか、ローカル情報を強化して差別化を図ったり、先のIP化やAIを使って徹底的に業務効率を上げるなどの努力が必要になります。幸いにも音声はデータが軽いので映像システム比べればIP化やクラウド利用をしやすい傾向にあります。実際そのようにして業務効率化を図っているラジオ局も存在します。

 NABShow2025で発表されたコトやモノはこれら以外にまだまだたくさんあります。去年から今年にかけてはありとあらゆることに変化が多すぎて新しい動きを吸収しきれなく吟味することも難しいと思った方も多いのではないでしょうか?私自身放送技術に30年ほど携わってますがこれほどの変化を感じたことはありません。少しでも知識の吸収が遅れるとあっという間に置いてけぼりになるような気がします。


 NABShowといえば新しい機材を期待するのが当たり前で今年もプロダクト・オブ・ザ・イヤーが発表されています。それと同時に新しくプロジェクト・オブ・ザ・イヤーというものも発表されています。これは何かというと新技術を使ってどのようにしてプロジェクトを成功させたかということに関しての賞になります。

これは、最も野心的で革新的なプロジェクトを実現した、優れたキープレイヤーを表彰するものです。この初めてのプログラムは、放送・エンターテインメント業界全体における卓越性を称え、限界を押し広げ、可能性を再定義する最先端のアプリケーション、設備、ワークフロー、そしてユースケースを表彰するものです。

 NABサイトより引用


 これはとあるメーカーのものを使えばそのままうまくいくというものではなく製作側が新技術をイニシアチブをもって活用しシステム構築をしてプロジェクトを成功させたというものです。既存の価値判断では難しいため新しい賞の新設となりこちらの重要度も増していくと思われます。
 こうブログを書いている途中にもニュースが次々と飛び込んできていて何度も構成をやり直そうと思ったのですがキリがないためこの辺で終わらせておきます。X(Twitter)で追加情報やnoteで深掘りをしていくかもしれません。