技術レビュー

マニュアルフォーカスを使った映像製作に必要なこと

 本ブログではマニュアル操作でビデオカメラのピント合わせについて書いていきます。前回のオートフォーカス記事の続きになります。本記事は前回のブログを踏襲しているところがあるのでまだ見ていない方は是非一読を。

関連ブログ
オートフォーカスなのにちっともピントが合わないとお嘆きの方へ

Link


 デジタル一眼レフやミラーレスカメラのマニュアル撮影の方法を取扱説明書で見てみると、
  1、設定でマニュアルモードにする
  2、フォーカスリングを回してピントを合わせる
  3、終わり

 えっ???

 まぁ確かにその通りなのですがスチルカメラが今やすっかりオートフォーカス使うことが前提の作りになっているような気がしていて、運転免許取得のオートマ/マニュアル論争のように今更マニュアル?なんて感じなのでしょうか?
 プロの映像カメラマンは基本マニュアルフォーカスを使います。カメラによってはオートフォーカス機能すらありません。この理由として、
  ・オートフォーカスで自らのイメージと異なるレンズの動きをされたくない
  ・ピンを合わせるのもわざとボカすのも映像表現の範囲内
ということが挙げられます。スチルの場合はよっぽど芸術的な?ものでなければピントが合った写真を撮ることになります。一方動画の方はコンテンツとして成立するある一定時間カメラを回す必要があり、その間フォーカスを維持し続けなければならないのですが映像表現としてボケからピンが合うようなレンズワークも成立します。時間軸があることでスチルにはない技術や表現方法が存在するのです。
 マニュアル操作に必要なことをお伝えしていきますが普段オートフォーカスをお使いの方でもきっと参考になると思います。

 目次

使うビデオカメラの特性を知る
  カメラの種類によって撮り方が違う
  カメラの種類によってマニュアルフォーカスのしやすさが違う
  レンズの種類によって撮影方法が違う

フォーカスは面で捉えるのではなく空間で捉える
  被写界深度を利用して視聴者に伝える範囲を決める
  被写界深度とカメラ/レンズの関係

フォーカスをアシストしてくれる機能を使う 
  ファインダー/モニターを白黒表示する
  フォーカスアシスト機能を使う
  もうすこし大きいモニターを用意する
  三脚が使えるなら使うべき

道具は使いこなすもの  

 

 映像の撮れるカメラは皆さんが一般的に想像するビデオカメラの他に映画用のシネカメラ、デジタル一眼やミラーレスなどのスチルカメラが映像も撮れるように発展した系と多種多様に存在します。それぞれ得意とするところが異なりますので撮影する対象やカメラマンのスキルによってカメラを選択することが重要です。

カメラの種類によって撮り方が違う
 一般的にビデオカメラはENG(Electronic News Gathering)カメラという種類のものになります。ニュース映像を撮るためのものです。Electronicはフィルムカメラでなく電子機器でという意味です。ニュースと言うからには撮影対象が予期しない動きのものでも追いかけて撮れる、つまりフォーカスが合わせやすいという特徴を持っています。
 映画用のシネカメラの場合は設計されたシチュエーションでの撮影を想定しています。撮影セットがあり適切な照明が当てられていて演技する俳優の動く範囲も決まっているという感じです。ENGカメラに比べるとフォーカスにシビアでカメラマンの他にフォーカスを合わせるためだけのスタッフがいたり(フォーカスマン、)カメラに撮影対象物までの距離を測るメジャーを引っ掛けられるようになっていたりします。
 これらの違いはイメージセンサ(撮像素子)の大きさが関係しています。イメージセンサーが大きくなるほど写真のようなボケの表現ができるようになりますがピント合わせは難しくなります。映画用のSuper35mmサイズよりデジタル一眼、ミラーレスの方がさらにフォーカス合わせが難しいということになります。

カメラの種類によってマニュアルフォーカスのしやすさが違う
 ENGショルダータイプのカメラは肩に載せ右手はレンズをホールド、人によっては頭をカメラにつけてがっちりホールドしているため左手はどフリーになるので左手で繊細なレンズ操作が見込めます。ハンディタイプ(デジカム、デジとも言う)は基本右手のみでカメラを支えるためプラスして左手でレンズ操作となると不安定になりがちです。高級機となれば重さが3kg近くなることもあります。またハンディタイプは一般向け用からの派生系なのでAFを使うことが前提でレンズが設計されているためマニュアルフォーカスがおまけ程度であったり操作がしにくいといった傾向にあります。手持ちでのマニュアルフォーカスが難しい場合は三脚などを使ってまずはカメラを安定させることが必要になります。シネカメラは同様に三脚などしっかりとした土台の上で撮影するのがほとんどですが最近はENGショルダータイプっぽく使って映画の様な映像表現をすることもあります。

以前は放送用、家庭用カメラの画質の差は歴然でテレビ番組のロケにはENGショルダータイプを使うのが基本でした。1995年にソニーからDCR-VX1000というカメラが発売されその画質にこれなら放送で使ってもいいんじゃね?(それでも差はあるんですが)ということになりENGショルダータイプではできなかったシチュエーションでの撮影(カメラアングル、撮影クルー人数、コストなど)が可能になりました。その後業務用モデルが出ることになりますがマニュアル操作が難しいからこそ家庭用のアシスト機能を進化させ搭載したといえます。
水曜どうでしょうでお馴染みのカメラでしたね。


 レンズの種類によって撮影方法が違う
 ビデオカメラでマニュアルフォーカスを使う場合大抵は次のような手順を教わると思います。ビデオカメラにはズームレンズが搭載されていることが多いので、
 Step1 被写体にズームする
 Step2 ピントを合わせる(ズームすることで合わせやすくなる)
 Step3 撮影する画角までズームアウト(引く)する

 最後ズームアウトした時にフォーカスがずれてしまう場合次のことが考えられます。
 原因A フランジバック調整がうまくいってない
 原因B レンズが故障
 原因C そもそもズームレンズじゃなかった
Bは放っておいて原因Aはレンズを交換した時に必ず行う調整でユーザーが対処すればいいだけのことです。そもそもENGカメラではレンズを取っ替え引っ替えして撮影することはほとんどありません。ハンディカムタイプならレンズを交換することさえありません。問題はCです。
ズームレンズは画角を変更してもピント位置がズレないようにレンズ内部の機構が動くという仕組みになっています。それとは別にズームレンズ同様に画角は変化できますがピントをずれないようにする機構がレンズ内部にないため改めてフォーカスを取る必要のあるレンズ(バリフォーカルレンズ)が存在します。最近のカメラにはオートフォーカス機能がついているためズームしてピントがずれてもそこはAFで補えるということで実質ズームレンズと同じではないかとこの種のレンズが使われることがあります。この方法ですとAFでもタイムラグがありますしマニュアル操作だとズームを使ったレンズワークは全く不可能でENGカメラのように対象物を追って動画撮影することはできません。

バリフォーカルレンズはズームレンズ(パーフォーカルレンズ)に比べて機構が複雑ではないので軽い、低コストといった特徴があります。最初に調整してその後あまり再調整することのない監視カメラや工業系カメラで使われることが多いレンズです。


 以上のように全てのカメラが等しくマニュアルフォーカスが出来るというわけではありません。撮りたい対象に合ったカメラやレンズを選択する必要があります。

 ピント合わせはフォーカスの合う距離を探るのでどうしても面と捉えがちですが本来はどこからどこまでの距離にあるものを画として落とし込むかと考えることが重要です。レンズの光学的にはピッタリ焦点が合うところは点(面)になるのですが多少そこがズレても人間の目にはピントが合っていると感じる範囲があります。それを専門用語的には被写界深度(DOF、Depth of Field)といいます。

 被写界深度を利用して視聴者に伝える範囲を決める
 ある特定の人物だけにスポットを当てたいのであればピントの合う幅を狭めて(被写界深度が浅い)それ以外をボカすという手法を使いますし、ネイチャー系やスポーツなど全体を俯瞰させたい場合は全てにピンが合う(被写界深度が深い)撮り方をします。前回オートフォーカスの話で人物でなく後ろの壁紙にピントが合ってしまったという例を挙げました。この場合被写界深度を利用して人物の方にピントを合わせ後ろの壁紙をボカせば良かったのでしょうか?仮にその壁紙にあるロゴがスポンサーでそこから撮影を依頼されたのであれば私なら人物と壁紙両方ピントが合った画は押さえておきます。もちろん人物だけにスポットを当てたカットも撮りますが最終的に映像を繋いで必要な情報が入ったコンテンツとして完成させるでしょう。各カットだけでなく一連の流れとして被写界深度を設定することになります。

どちらがいいというわけではない

 被写界深度とカメラ/レンズの関係
 被写界深度を決めるのに「被写界深度」という設定項目があるのではなくカメラの仕様やレンズ操作によって決まります。以下のような計算式で被写界深度を求めることができます。

 これを頭に入れて現場で暗算!という人はいません。(そういうアプリを使うってことはありますが)
 実際には以下のことを覚えておいて実機で調整していきます。

 ・アイリスを絞る(F値が大きくなる)と被写界深度が深くなる
 ・焦点距離が長くなると(望遠)被写界深度が浅くなる
 ・被写体との距離が長くなると被写界深度が深くなる
 ・カメラのイメージセンサが大きくなると被写界深度が浅くなる

 特に風景やスポーツの俯瞰映像などどこまでもピントが合っている(被写界深度が深い)ものをパンフォーカス、ディープフォーカスと言い、逆に撮影対象以外をぼかした被写界深度が浅いものをシャロウフォーカスと言ったりします。被写界深度は主にアイリスを調整することで行います。環境光によりアイリス設定と希望する被写界深度が合わない場合は明るければNDフィルターを暗すぎれば照明やレフ板を使って調整します。

 最近はハンディタイプのカメラは付属のモニターを使い歩きながらのオペレーションが多くなっていますがオートフォーカスで予期しないピント合わせは避けたいしマニュアルフォーカスで常に追うような撮影は激ムズになってしまいます。被写界深度を設定してある程度余裕のある奥行きのフォーカスにしておけば撮影が楽になります。スタビライザーやステディカムを使っての撮影も同様です。

 何を狙うかというよりどこまで入れるのかという意識でフォーカス合わせをしてみましょう。

 その昔テレビ業界で4:3のスタンダードサイズからハイビジョンに切り替わる時にピントが合わなくて困るカメラマンがそこそこいました。カメラの解像度が上がりテレビのサイズも大きくなりかけた時期です。現在ではカメラが4K以上が普通となり家庭のテレビも格段に大きくなりました。機材的にもテレビ映画業界ともに同クラスの機材を使うようにもなっています。以前よりもシビアなフォーカスが求められています。
 カメラマンの補助的立場としてビデオエンジニア(VE)が別にいてしっかり映像が撮れているか見てもらえたのですが昨今の番組予算の激減によりそれが難しく、カメラマンがVEの作業を行う場合があります。その場合フォーカスをアシストする機能や機材を使って対処します。

 ファインダー/モニターを白黒表示する
 最近のカメラはカラー表示のファインダーやモニターついていることが多いのですが本来はモノクロ表示が基本です。なぜなら色がついているとかえってピント合わせが難しくなるからです。他にもコントラストや階調の確認もしやすくなります。カメラの設定でモノクロ表示ができるのならそうすることをお勧めします。そうなると色は見ないのか?って話になりますがもちろんカメラ回す前のリハーサル時に調整することになります。RECが始まればファインダー/モニター白黒表示にしてピント合わせや構図に集中します。

モノクロ表示の方がピントを合わせやすい

 フォーカスアシスト機能を使う
 撮影している映像を画像処理してピントを合わせやすい画像を表示する機材やカメラ内の機能があります。ファインダーやモニターをこの表示に切り替えてフォーカスをしやすくさせます。ピーキング表示はピントの合っているエッジ部分を際立たせて表示してくれます。カラー表示の場合エッジ強調部分を見やすいようユーザーが選択することもできます。

ピーキング表示でエッジを強調した例

 もうすこし大きいモニターを用意する
 スタジオやセットがあるところでないと大きめのモニターを用意するのは難しいのですが(それでも現場では19インチ〜23インチ程度が多い)カメラについている3.5インチ程度のモニターでは心許ない時があります。その場合もう少し大きいモニターを使うことをお勧めします。

 これらのモニターは7インチで拡大表示があり上記のモノクロ表示やピーキング表示などのフォーカスアシスト機能の他に波形やベクトルなど色や明暗の監視にも使えます。当然モニタリングに徹している機材なので撮影中にカメラのメニューを探って使うより即座に使いたい機能にアクセスすることができます。 

 三脚が使えるなら使うべき
 三脚そのものがフォーカスをアシストしてくれるわけではありませんがカメラを担ぐ、手持ちにするといったことから解放されるためよりレンズ操作に集中させることができます。また必要に応じてフォーカス/ズームデマンドというリモコンがありますのでパン棒につけて操作することができます。左手一つでレンズ全ての操作をするよりも分散させてフォーカスコントロールに集中できます。

 三脚はカメラの重量に合ったものを選びます。以前は上記のように使うメーカーが決まっていたものです。特にENGショルダー型はVintenかSachtler、シネマ用はOconnorやRonford Bakerなどが相場でした。現在は三脚メーカーも増えてコスパが良いものも存在します。重要なのは三脚選びにお金をケチらないことです。カメラに合わない中途半端な三脚使っても撮影に良いことはありません。デジタル一眼やミラーレスでの動画撮影でもビデオ用の三脚を使いましょう。ビデオ用はカメラの固定以外にパンやティルトなどカメラを動かす役割を持ちます。

 以上マニュアルフォーカスを使った映像製作についてお伝えしてきました。あとは実際のカメラでマニュアルフォーカスの訓練をしましょう。本番撮影の前でも十分にカメリハはするべきです。場数を踏むとこうした撮影方法がいいんじゃないかとかこういった機材があると撮影しやすいと自分なりの気づきが出てくると思います。そうして現場での対処方法が独自のノウハウとなって蓄積されていきます。その積み重ねで初めての現場であっても慌てることなく状況に適した方法を引き出してうまく撮影することが出来るようになります。そうなれば立派にプロのカメラマンだと言えるでしょう。