展示会

NABShow 2023 雑感

 4月15日〜19日にラスベガスコンベンションセンター(LVCC)でNAB Show 2023が開催されました。(展示会は16日から)今年はNAB Show 100回目となる記念の回、100年前の放送メディアとしてはラジオしかなかったわけで今日のような発展は考えもしなかったはずです。NABはNational Association of Broadcasters(全米放送事業者協会)の名の通り、本来は放送系であり映画系ともIP配信系とも違った展示会をしていて自分がNABShowに行き始めた20年くらい前は映画撮影に耐えられる電子系カメラもありませんでしたし、IP配信にいたってはあんなクオリティが低いメディアなど捨ておけっていう感じでした。今ではカメラは映画でも放送でも使えるクロスオーバー化も普通になりましたしOTT配信は放送に並ぶ有力な収入源に変わっています。NABも柔軟にいろんなものや人を取り込んで発展していく感じです。基本的にアメリカ内の放送トレンドとしてはNextGen TVと言われる次世代放送規格ATSC3.0を推し進める動きになっています。

− Caution −
 ・この雑感レポートはM-Designの独断と偏見に基づいたものになります。社内での報告書の参考とかコピペは推奨できません。他のWebサイトをご覧いただくほうが無難です。
 ・製品自体のレポートは特にしておりません。全くの個人的興味で雑感を書いていることをご了承ください。

NABShow 2023 概要

 

 今年のNABShowはセントラル、ノース、ウエストの各ホールで行われました。展示内容ごとにゾーンが分けられているのも去年同様です。CREATE:制作機器関連、INTERIGENT CONTENT : 視聴者に対する新しいリーチ手段、CONNECT:OTTやIPインフラ関連、CAPITALIZE:コンテンツの収益化、という感じです。もちろんはっきりと展示内容が分かれているということでもなく間にゾーンと関係が薄い企業のブースがあったりします。

数字で見るNABShow 2023
  全登録参加者   65,013人(去年:52,468人)
  海外からの参加者 17,446人(去年:11,542人)
  参加国数      166カ国(去年:155カ国)
  展示社数      1208社  (去年:900社以上)


 コロナ禍からの回復傾向は見てとれるものの全盛期の10万人参加から比べるとまだまだという感じです。会場の広さが以前と違うのでなんとも言えませんが、全盛期のサウスホールなんて年末のアメ横かよってくらい混んでましたからね。世界経済の落ち込みやリモートで参加できるというのも関係しているのかもしれません。巨大なブースというのもあまりなく(ソニーとかはいつも通りですが)こじんまりとした印象です。といってもInterBEEよりはるかにデカいわけですが。サービス系の企業はブース構えての展示は難しいので会場のミーティングルーム借りてセミナーという方法をとるのが多く、ブース自体にお金をかけないというのもあります。とはいえ新しい製品やテクノロジーを披露する場所ですからそこは各社力を入れています。

バーチャルスタジオプロダクション

 バーチャルライブプロダクションはICVFX(インカメラVFX)、グリーンバックスクリーン、AR、XRと各社様々な手法での展示をしていました。去年あたりはICVFXでの製作が流行っていたのですがICVFXにも得手不得手があることがわかって旧来のグリーンバック合成のほうが都合が良かったり、ライブイベントでのARやXRの活用などコンテンツの内容によって使い分ける方向に進んでいる感じです。
 主なバーチャルプロダクションシステムの各社概要としては

 Vizrt  外部リンクへ
 Viz Engine 5とROE VisualのLEDパネルを使ったARを展示。トラッカーにはstYpe社のものを使用。また数年前に買収したNewtek社のビデオスイッチャーのTriCasterを展示。もう少しVizrtとTriCasterを組み合わせた実例が増えてもいいのになぁと思います。ちなみにM-DesignはVizrt社のNewtek社買収直前に知らずにスタジオ導入してたりします。

 Zero Density  外部リンクへ
 Traxisというブランドで新しくバーチャルセット用カメラトラッカーを発表しています。高速で正確なレンズキャリブレーションができるとのことで、特に設定が面倒なズームレンズでも簡単にセットアップが可能。AIを使って3D環境内の個人を識別できるTraxis Talent Trackerは対象の人物に何もマーカーのようなものをつけることなく複数人の識別が可能になるとのことです。またVirtual Studio Software Bundleを発表して手頃な価格での導入のしやすさを狙っているようです。(価格は知りません)

 BrainStorm  外部リンクへ
 バーチャルスタジオシステムを作る老舗の企業。メインのバーチャルスタジオエンジンであるInfinity Set、2D/3DモーショングラフィックスのAstonの他に小規模放送局、企業、教育機関向けに手頃なシステムにしたEdison Ecosystemが紹介されています。カメラトラッキングにiPhoneやIPadにあるLiDARセンサーを利用しています。トラッカーとしては非常に手頃な手段といえますね。

 disguise  外部リンクへ
 ROE Visual社のLEDウォールとの展示やMicrosft社との連携のほか、Move.aiのマーカーレスモーションキャプチャソフトウェアであるINVISIBLEをdisguiseと連携させてリアルタイムに人物の動きをバーチャルキャラクターに反映させることを実現しています。キャプチャスーツやマーカーがいらないので準備や設定に時間のかかるところを省くことができ簡単に高度なキャプチャリングを実現します。キャプチャスーツなんて使い回しする場合いちいち洗濯しなければいけないですし気分的にもだいぶ楽になります。

 このほかにもRoss VideoChyronなどもバーチャルスタジオを展示していました。結構多いんじゃないでしょうかね?バーチャルスタジオ関連の傾向としては
 ・ベースエンジンにUnrealEngineを採用
 ・簡単で手頃なソリューションを用意
というイメージがあります。
 レンダリングエンジンはほとんどどこもEpic社のゲームエンジンであるUnrealEngineを使っています。自社でこれを超える3Dグラフィクスエンジンを開発するのは難しいでしょう。UnrealEngine バージョン5.1になってからLumenやレイトレーシング機能などフォトリアリスティックなクオリティを実現する機能が備わっています。また通常バーチャルスタジオを構築しようとすると数千万〜数億円の費用がかかってしまいますがそれでは導入先が限られてしまうためアフォーダブル(手頃)なクラスの製品を用意するという傾向が見られます。

A.I. を放送システムでどう使う?

 A.I.というと今話題のChatGPTなどが思い浮かぶと思います。そんなの使ってフェイク情報を放送していいのか?と短絡的に思いがちかもしれませがそういった使い方はしていなく、あくまでA.I.はML(Machine Leraning 機械学習)としてシステムやネットワークの最適化だったりコンテンツチェック、VFXエフェクトなどコンテンツ製作の補助として既に様々な用途で使われています。

-Radio GPT-  外部リンクへ
 完全AI駆動のラジオステーションシステムというのが存在します。GPT-4、AI音声合成DJ、ソーシャルメディアやネット上の25万以上の情報源からオンエア用のスクリプト作成、プログラム構成を自動で行うものです。アーティストのエピソード紹介や天気予報情報はもちろんのことプレゼント企画までやってのけるようです。聞いた感じではたまに発音が棒になるところはあるものの聞き流す程度なら問題なし。ただししゃべってる内容にパーソナリティ性はないので個性的なおしゃべりはまだ期待しない方がいいかもしれません。流れている曲はオッサン(私)的にはどハマりでした。


 今回のNABShowで気になったのは自動キャプション製作です。Adobe Premiereは以前から機能としてありましたがBMD Davinci Resolveでも対応しました。コンテンツ内の音声を文字としてメタデータ化すれば欲しい素材はすぐに見つけることができますし字幕用でなくてもアーカイブ映像の検索データベースに転用することができます。EGG社のiCap Encode Proはライブ放送用のキャプションエンコーダーはクラウドでホストされている自動キャプションサービスに接続して処理を行うことができます。クラウドサービスに繋がることで最新の情報や用語にアクセスできるため自動変換の精度が上がるということになります。ENCO Systems のENCO-GPTも長文ニュース記事を絞り込んで特定の放送スケジュールに合わせてニュース記事をまとめたり、ライブCM内にニュース速報を入れたりすることが出来るようになっています。映像/音声をメタデータ化すればA.I.を使って常に変わる番組内容に合わせた処理をリアルタイムで行わせることができます。人間はA.Iからのアウトプットをチェックするだけで済みます。Adobe Premiereでは新機能としてA.I.で文字起こししたテキストを編集することで逆に映像の編集が出来上がってしまうという新しい発想を披露しています。人の目でいちいち映像を確認しにいくという負担を減らすことに繋がります。

クラウドベースのワークフロー

 コロナのパンデミックで急速に進んだクラウドリモートワークフローですがコロナが治まったら元に戻るかと思えばそうではなく、これは使えるとわかったものに関してはそのまま使われるという進化に発展しています。AdobeのFlame.ioやATOMOS Cloud Studio、BlackMagic Cloudなどは国内でも使っている方は増えてきています。もう少し大きいプロジェクトになるとAWSやMicrosft Azureを使ってオンプレシステム以外にスタジオ機能を拡張したりリモートプロダクションのハブとして使うことになります。クラウド利用は単なるリモートプロダクションの手段ということだけでなく放送システムの柔軟性、事業継続のためのリスクマネジメント、ビジネスの変化に合わせた拡張性など様々な役割があります。また現地に赴くクルーの数が少なくなるため環境負荷が低くなりSDG’sに貢献するという考え方もあります。
 放送システムでよく使われるクラウドサービスはたいがいAmazon (AWS) か、Microsoft(Azure) でしょうかね? Googleも使われてないわけではないのですがAWSやAzureほど聞かれる感じではなさそうです。(3社共にNABShowのスポンサーでもあり提携企業と一緒にブースも出している)
 全てをクラウドに移行というのはコストがかかりすぎる面があるので仕事内容と予算を鑑みて一時的に利用するとかオンプレのシステムと組み合わせて使うのが最良のバランスです。またクラウドとのやり取りには安定したブロードバンド回線が必須になります。

その他気になったモノ

AJA VIDEO SYSTEMS Dante AV 4K

 DanteといえばAudio over IPの業界標準プロトコルですがその拡張としてDanteAVというビデオが使える規格があります。AJA社のDanteAV 4Kはその規格に対応したエンコード/デコード機器になります。ビデオは圧縮して1GEネットワークで4Kまで対応します。Danteは音響スタジオでの利用はもちろんのことホールや会議室などの設備に使われることが多く、これまでオーディオ/ビデオを別回線にしていたものを統合することができます。一方放送用のIP規格としてST 2110がありますがこちらのオーディオはRAVENNAというフォーマットが準拠しておりDanteとは全くの別規格です。Danteでシステム構成しているところはDanteAVを使うのが理に適ってますし使用するネットワークもDanteは1GEで済みます。ST 2110は最低でも10GEという違いがあります。設備の優先度でどちらかを選ぶということになりますがDante-RAVENNA間でブリッジさせる方法もあります。

Black Magic Design Decklink IP

BMDは今年のNABShowでも数多くの製品を発表しています。それらの製品群の紹介は他サイトに任せておいてこちらで取り上げるのはST 2110 に対応したインターフェースカードです。

 ST 2110インターフェースカードは4Kだと数万ドル、HDでも数千ドルするのが普通でおいそれと導入し難い価格帯でした。Video over IPの利点は理解できてもコスト的に難しく、ローコストのセグメントではNewtek NDI®が広まっています。そこへBMDは桁一つ少ないといういつもの戦略で攻勢をかけてきました。NABで発表されたDecklink IPシリーズは解像度はHDまで、非圧縮のみ(JPEG XSには非対応)という制限がありますが圧倒的に低コストでST 2110ネットワークに参加することができます。HD端末で十分な機器や開発者にとっても試しに使ってみたいという気になります。

最後に

 Covid-19、ロシアのウクライナ侵攻、世界経済の落ち込みといろいろ困難がある昨今ですがNABShow2023ではそれらを乗り越えたというかむしろそれらがあったからこそ新しい考え方のもとに製品ができて展示されるというある種の逞しさが垣間見えました。NABShowが始まる前には日本企業の出展が減るとかブースが小さくなるなどの話は聞いていましたが、MEDIAEDGE社のように小さいブースでもNABSHOW PRODUCT of the YEAR2023 という賞を獲るところもあります。以前からずっと疑問に思うところがあり、NABShow会場では毎年ではないけれどイギリス、フランス、韓国とか国別のパビリオンブースがあって中小企業でも有望なところを国がバックアップしていたりします。日本にはそういうのがなく自力で頑張るしかないのですがNABShowに出展するのはInterBEEなんかよりはるかにハードルが高いものです。経済産業省とかJETROあたりが支援すればいいのにね。
 いずれにせよ昨年より確実に内容の濃いNABShow2023でした。